11日にお通夜、12日に葬儀、告別式でした。
祖父はたくさんの人に囲まれて幸せだったと思います。
化粧のおかげかもしれませんが、笑っていました。
お葬式の最中は、なんだか別世界に居るようで現実感が無く、
周りが泣いているのに、ほとんど涙が出なかったんですよね。
あれー、おじいちゃんいっちゃうのに、こんなもん?自分冷たい?という感じでした。
でも、火葬場へ行くバスの中で、ふとおじいちゃんがくれた指輪を触ると
色々お世話になった思い出が強烈によみがえってきて涙が止まらなくなりました。
時間差でくると噂で聞いてたけど、本当の話でしたね。
まだフワフワしてて曖昧だけど人生観が変わるってのは本当にそうだと思う。
と言いつつ、1年後も本気出してなかったりして…ワハハ笑えない。
うちは、いわゆる旧家というやつでお葬式にも色々しきたりがあるんですよね。
喪主は父だったんですが、"○○(苗字)一統"の事でてんやわんやしてました。
手伝っていただけの自分がヘトヘトだったのだから、父はその比じゃなかったろうなー。
次の家長である兄は将来の事を考えてちょっと憂鬱になってました。
あと心配事がひとつあって、残された祖母の事なんですよね。
あまり言いたくないけど、物忘れが凄く激しいのです。
祖父が亡くなった事まで忘れてしまわないかと。
兄の話によると夫を亡くして一人になってしまうと、一気に認知症が進行する事が多いそうな。
お葬式後半、叔母(祖父母の娘)に
「これ、誰の葬式やっけ…?」
と言ったらしく、凄くビックリしました。
恐らく、二日間の極限状態と理解不能な悲しみによる一時的なものだと思いますが…。(頭も痛いと言っていた。)
家族で支えてあげないとな。
最後におじいちゃんの思い出話をしている時、入院生活の話になったんですが、
オムツの話からそのまま下ネタにシフトしていったんですけど、
この話はまぁいっか!
うちで下ネタになる事なんかほとんど無いのに珍しい話題だった、うん。
お葬式終わって、色々あって、片付けして、お風呂入って、落ち着いて、
頭ボーっとしながら書いた日記だから、きっと文脈とか無茶苦茶になってるだろう!(言い訳)
初めての事が多く、衝撃だらけだったので疲労困憊です。ふぅー。
明日から、また一行日記に戻るでしょう。
という事で、この辺で寝ます、おやすみなさい。
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立派な家柄だったのか。大変だったね。お疲れさま。
うちは東京の父方とは縁が薄く、三重の母方の祖父母は10年くらい前に長野に引っ越してきてしがらみが少ないので、誰が死んでも葬式らしい葬式はしないはず。
東京の家はなかなか立派だったらしいが、空襲と叔父叔母の浪費でパアになったとさ。
楽で助かる。